かなり楽しく歌います

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さぁ、2月になりました。

月初めの記事は、やはり ジャズ 関連にしようかなぁ~、
しっとりと ジャズボーカル ものにしようかなぁ~、と いろいろ考えましたが、
私が 克服したい と 常々思っている「間」の心の師匠、
桂枝雀師匠の 落語で 2月を 豪快にスタートさせたいと思います。

題して、寒さや不景気を 笑いでふっとばす大作戦!

ポルトガルや シンガポールや その他 海外で 生活し、
何のご縁か、このブログをご覧になっていらっしゃる方にも、
久しぶりに触れる日本の伝統芸能ということで、お楽しみいただければと思います。

昨日は、愛妻の日で ハグなさった方もいらっしゃるかもしれません。
夫婦の会話で 大半が成り立っている 引越しの話です。

桂枝雀師匠の 18番(おはこ) "宿替え" 

豪快に笑って、日頃の 辛い事、嫌な事、悩み事、
ぜーんぶ ふっとばしてしまいましょう!


【桂枝雀 / 宿替え その1】




【桂枝雀 / 宿替え その2】




【桂枝雀 / 宿替え その3】




【桂枝雀 / 宿替え その4】




話が進むにつれ、夫婦仲が だ~んだんと 妙なことになっていながらも、
やはり 夫婦だな~ と思わす、とっても 明るく 楽しい お話で、
私は この演目が 大好きです!

あー、笑った、笑った。

かなり楽しく 2月をスタートすることができましたっ!
この調子で、明るく 楽しく 毎日を 過ごそうかと。

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前回で ジャズや歌に対するもんもんとした気持ちは晴れたのに、よく降りますねぇ・・・。
以前にも書きましたが、私は雨は嫌いじゃないんですが、
仕事の日に雨が降ると、ちょっと 困るんですよねー。

一応、ジャズボーカルたるもの、見た目もきちんとしておかねばと、ドレスを着るんですが、
そうでなくても、なんでもないところで よく転んだり、つまづいてコケル人間なのに、
ロングドレスにハイヒールで、譜面とマイクとシールドという結構な荷物を持って
そこに傘を差すと、勇敢にも "セイヤーッ!" と かなり豪快に
無抵抗なアスファルトに ニードロップをかましてしまうことになるわけで・・・。
「あぁ・・・ ジャズって痛いのね・・・・」 と 方向の違うためいきをもらしたりして。

お天気の話といえば、ジャズや歌とは 例のごとく 全く関係ありませんが、
再び 桂枝雀さんの 「日和ちがい」 という噺の "枕" 部分を。
これは、"名枕" の誉れ高く、"枕" だけで 17分!

【桂枝雀 日和ちがい "枕" 1/2】



【桂枝雀 日和ちがい "枕" 2/2】



冒頭から 話に ぐぐ~っと引き込まれ、その17分間が短いこと!

そういえば、やしきたかじんさんが、誰かのコンサートのゲストに呼ばれて、
"一曲だけ歌ってください。" という約束になっていたらしく、
「ゲストに呼んでおいて、一曲だけしか歌えんのが 腹たったから、
 歌う前に、40分間 話してやった!」 と テレビでおっしゃっていた。

また、スターダストレビュー というバンドのコンサートも、
とにかく MCが長く、猛烈に面白いらしい。

私も、ライブのMCなんかで、それくらい魅力のある話ができれば、
集客力につながるのかなとか、ふと思ったり。
まぁ、MCする時間があれば もう一曲多く歌えるなとか考えてしまうので、
なかなか実現はしませんが。 (どんなけ歌うのが好きなんだと・・・)

【1st SET】

Gee,Baby,Ain't I Good To You ?
Fly Me To The Moon
As Time Goes By
You'd Be So Nice To Come Home To

【2nd SET】

Autumn In New York
I Get The Blues When It Rains
So Danco Samba
What A Difference A Day Made

【3rd SET】

Sentimental Journey
Night And Day
The Nearness Of You
Bye Bye Blackbird

ノリの良いお客様に恵まれ、なんだかいつもと違う 盛り上がりがあり、
楽しく歌わせていただきました。
ありがとうございました!

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さて、ようやく本題の「楽しく生きる」ことと「自分のスタイルの確立」について。

前回、桂枝雀さんの豪快な落語で、枝雀スタイルというのをご紹介したが、
枝雀さんの高座手ぬぐいや色紙には "萬事機嫌よく" という文字が刻まれている。

"萬事機嫌よく" というのは、常に機嫌が良い=常に楽しく という意味で、
本来は 暗く陰気で 研究熱心で 生真面目な枝雀さんが、これではいけない、
"日常生活と高座は 地続きだから、万事機嫌がよければ、自分も周囲も上手くいく"
だから いつも楽しく陽気に明るく暮らそう・過ごそうという、決意表明だったそうだ。

「せっかく生まれてきたのだから、楽しく生きなければならない」

日常でも高座でも、ひたすら楽しくありたいと、強く思い願われ、
笑顔の仮面も、10年も20年も、30年40年50年とかぶり続けることによって、
いつか その笑いの仮面が 自分の本当の顔になるだろうし、
仮面をかぶっていたのかさえも解らなくなってくるだろうと、考えられたそうだ。

「少しでも楽しく、少しでも愉快に、少しでも生きやすく」 と、枝雀さんは仰っていた。

また、ご自分の「枝雀落語とよばれる独自のスタイル(の確立)」 に関しても、
まず、"笑いとは?""人は何故笑うのか?" という、お笑いを研究し、
もちろん色々と試し、お稽古に励み、理論的に考えてはおられたが、
最終的に、楽しさを伝える手段として、「こうすれば面白いだろう」 「こうしよう」 ではなく、
あの表情や、あの身体の動きは、自然に "そうなっていた" そうだ。
「勝手に、顔がそうなっていた」 「勝手に身体が動いていた」 ということらしい。

※桂枝雀さんは、二度 重度のうつ病にかかられ、一度目に 回復なさった際に、
  この「萬時機嫌よく」を ご自分に課せられましたが、再び うつ病を患われ、
  1999年3月に自殺を図り、そのまま意識が回復することなく、
  4月19日に心不全でお亡くなりになりました。

ここで、ようやく話は、その1の桂南光さんに戻る。
特に パート2は、何かと勉強中や、修行中の方には、是非ご覧いただきたい。

【桂南光 トーク番組で 桂枝雀の思い出を語る 1/2 】




【桂南光 トーク番組で 桂枝雀の思い出を語る 2/2 】




変な例えになるかもしれないが、「俳優の△△さん(イケメン)に 似てますね」
「女優の○○さん(美女か可愛い)に 似てるよね」 と言われて、怒る人はいないと思う。
なのに、不思議なもので、芸事や芸術方面の "自分を表現する" 人間は、
「××さん(その方面で著名な方)に 似てるね」 と言われると、
腹が立つというか、不満に感じたり、怒る人が多いんじゃないかと思う。

私自身も 「ビリーホリデーみたいな退廃的なムードがあるよね」とか
「Are you Anita O'day ?(アニタ・オディという有名なジャズボーカルに似てるねという意味)」
「あのスキャットは、晩年のエラを聞いているようで、よかったよ。」
(いや、まぁ、かなりお世辞も含んでるんだと思うけど・・・)
と、声を掛けられると、やっぱり ちょっと むっとしてしまう。

「私は私でありたいのに・・・」 という心情から、○○に似てるというのは
私にとっては、ほめ言葉には 全く 聞こえないのだ。

でも、よく考えてみれば、ビリー・ホリデーにしたって、アニタ・オディだって、エラだって、
大シンガーであるわけで、その方々に 「似てて良かったよ」 というのは、
怒るべきところではなく、ヒャッホーイ!と 小躍りすべきことではないだろうか。

私がまだ20代前半で、「自分とは何か?」ということに悩むようになったきっかけというのが、
ある人(まぁ、ズバリ実姉なんだが)に、「歌が、(当時の歌の)先生にそっくり!」と、
言われたことだった。「マイクの使い方から、生き写しみたいになってたよー」と。

その時、自分の中で、それではいけない、自分を表現する世界なんだから、と悩み、
それで勢い余って先生の下を離れ、渡米することにつながったんだけど、
それも 今思えば、あの尊敬する先生に 似てると言われたのは、
褒められていたんだな、有難いと喜ぶべきことだったんだな、と思う。

今もだけど、それが 素直にうれしいと感じられない "自分" って、
それほどのものなのか? と自分に問いかけると、とても恥ずかしくなる。
「自分のスタイル」を大切にしているのではなくて、
単に 自分の (やっすい) プライドが大切なだけだったのだ。


先日、流木の作品(美術工芸品)を観る機会をいただいた。
作品の写真集だったので、実際の木の手触りやぬくもりは 想像のみであったが、
この流木は、自分の意思で 流木になったわけではない。(当然のことだけど)
樹木が自分の意思で お日様はこちらから差しているけど、
「こっちのほうが 格好良いから、こっちにむかってのびるんだー!」 と、
枝を伸ばしたわけではないわけで、なるようになった結果なのだ。

芸事には、もちろん "自分"というものが必要だし、自分を表現することが課題ではあるが、
"自分が""自分が" と、我をはる ことや、「こんな自分が格好良いだろう?」と
相手に押し付けることが、自分を表現することではない。

樹木で例えると、自然に逆らわず そのままの形であること、
光があたればその方向に伸び、水があればその方向に伸び、周囲の環境に適応すること、
人間でいうと、周囲からの刺激を受け、感動し、他人からの意見も素直に取り入れ、
(周囲に流されるのではなく) あるがままの自分という存在を受け入れることが、
自分を活かす(生かす)ことにつながるのではないかと思った。
そして、それが 自分を表現することであり、自分のスタイルになるんではないか。

人から褒められたら素直に喜び、人から注意されたら謙虚に反省し、
生きてることに感謝し、楽しく生きて、楽しく修行して、楽しく歌い続けた結果として、
いつか振り返った時に、いつの間にかこんな風になってました、というものが、
「自分のスタイル」であり、また そこに固執せず、精進していくことが大切なんだろうなと。

だから、これからは、「自分のスタイルとは?」 にこだわるのではなく、
充実した毎日を送って、楽しく歌うことに集中しようと思っている。
うん、たぶん それが一番。 (えっ!? ここにきて自画自賛!?)

というわけで、結局 自分のスタイルの確立には至っていませんが、
そう、焦ることもないんだなーと、悩んだところで仕方ないんだなーと、
結構 気持ちがスッキリしたので、この辺で。

では、最後に、「自分は運がいいんだー!」

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「楽しく生きる」ことと「自分のスタイルの確立」について。

以前、「上手さについて」についての考えを述べた際に、
ミュージシャン(だけとは限らないが)は、どこかの時点で、
「自分とは何か?」「自分のスタイルとは?」について、壮絶に悩む、
と書いて、"私も現在進行形で悩んでいる" と締めた。

その脱出口が、やはり意外なところから見つかるような気がしている。
ジャズ そのものや ジャズ ミュージシャン、ジャズ ボーカルの経験談等
本来 悩んでいる同質のものからではなく、例のごとく、落語の世界から。

桂南光さんという上方落語の噺家さんがいらっしゃるのだが、
襲名前は、べかこさんといい、私が 恐らく 5~6歳くらいの時に
米朝一門会の落語を聴きに 連れて行ってもらった際、
前座で でていらしたのを 今でも 覚えている。
(昼の部・夜の部の二回公演を 通しで観た)←相当 面白かったので。

小さな、といっても 旅館の宴会場だったので、たぶん30畳くらいの広さの会場で、
噺家と観客の距離が かなり 近かったので、べかこさんは "枕" と呼ばれる
落語の本筋に入る前の いわば ウォーミングアップのようなところで、
お客さんいじりをなさって、(べかこさんも、まだまだ 若かったから・・・)
『今からクイズを出します!いつも風邪をひいている動物は なんでしょう?』
『わかるかた おられますかー???』 こんな感じの問いかけに、
子供の私は 遠慮なく 「はいはいはーいっ!!!」 と元気良く手を上げた。

『はい、じゃあ、そこのお嬢ちゃん。わかるかなー?』 とあててもらい、
私は すくっと立ち上がり 「きつねーっ!」 と 大きな声で答えた。
『ん? どうしてかな?』 とさらに 理由を問われたので、
「コーンコーン ってなくから!」 と得意げに答えると、会場が どっと笑う。

実は、先にも書いたが、私は既に昼の部を観ていたので、
当然 答えも知っていた。 この "枕" に対する会場の笑いは
夜の部も、本来なら べかこさんが もらうはずのものだったんだけど、
ちゃっかり、私がいただいた!ふっ。 (ふっ、じゃねぇwww)

そんなご縁で、べかこさんのことは おいしいところを譲ってくれたお兄ちゃん
という認識で、南光さんを襲名なさってからも、ずーっと、ひそかに応援している。

さて、この南光さんは、桂枝雀さんの内弟子に入られているので、
米朝さんにとっては、弟子の枝雀さんの更に弟子、つまり 孫弟子にあたるので、
本来ならば、前座でも 孫弟子が 同じ高座に上がることはないらしい。

ところが、枝雀さん(当時 小米さんだった)が、べかこさんの入門希望のことを
「弟子をとれるほど、私もまだ落語のことをわかってないから、
 これから 一緒に勉強する仲間ということでなら。」 と 米朝師匠におっしゃって、
べかこさんは "米朝さんの弟子扱いでもある" 枝雀さんの弟子 になられ、
そういう経緯をもって、枝雀さんと毎日一緒に暮らし、稽古をしながら
米朝一門会としても 高座に上がられるようになった。

"枕" が長すぎました・・・。

ようやく本題の、「楽しく生きる」 ことと 「自分のスタイルの確立」 について、
に入れそうな気がしてきたけれど、その前に、やはり 桂枝雀さんの 落語を一席。

【桂枝雀 / 時うどん 1/3 】 ※時蕎麦としても有名な噺。上方では 時うどん。



【桂枝雀 / 時うどん 2/3 】



【桂枝雀 / 時うどん 3/3 】




以前にご紹介した、関東の名人 古今亭志ん朝さん とは、これまた違って
コミカルな表情とオーバーな動作をまじえた パワフルな落語。
これが、桂枝雀さん独自のスタイル。

お楽しみいただけましたでしょうか。

肝心の「楽しく生きる」と「自分のスタイルの確立」の話は、その2へ!
ひっぱるなぁ・・・。

テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽
歌うということは、言葉(気持ち)を音程やリズムにのせて話すことで、
そのために一番大切なのは、息をコントロールすることだと思っている。

特に、吸う息(ブレス)を意識するのことが大事で、
色々なジャズボーカルの動画を観ながら、ここでブレスを入れると、
その後のフレーズが流れるように進むのかー、と とても勉強になる。

また、自分でも 自分なりに、ここはこんな風にアプローチしたいから、
ここで これくらい吸わないといけないな、あっ、ちょっと足りなかったかな、とか、
こんな風に 普段の練習も、「すってーはいてーすってーはいてー」みたいになってたりする。

呼吸と間というのは、本当に大切だ。

そういえば、歌の師が 桂米朝さんの落語が大好きだったなと、ふと思い出し、
米朝さんの落語を聴きいてみると、ずいぶんと おっとりとした 落ち着いた口調だった。
声を張り上げるでもなく、オーバーアクションをするでもないのに、
人物の描写が鮮やかで、その情景が浮かび上がり、とても面白かった。
なるほど、これが人間国宝の芸なのかー、と 感心した。

一方、東の名人 古今亭志ん朝さんの動画を観ると、その勢いのあること!
「立て板に水」とは、まさに このことなんだなと、驚いた。
そして、間 の素晴らしさ。

息をいっきに吸い込んで、流れるように言葉にする。
ゆっくりと吸い込んで、キリッと吐き出す。
このメリハリが 独特のリズムになり、間 につながっているんだなぁと、
面白かっただけでなく、大変 勉強になった動画。


【古今亭志ん朝 / 風呂敷 1/2】



【古今亭志ん朝 / 風呂敷 2/2】



観ている分には、面白い!凄い!でいいんだけど、
毎日 どれだけのお稽古をなさっていたのだろうと考えると、
私も 日々精進しないといけないなと、身が引き締まる思いがする。

まっ、練習や苦しさも含めて 楽しむさっ!

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